定義があいまいな「挑戦」よりも、「日進月歩」の方がしっくり来る。
挑戦は、日進月歩への意識があってこそ成せるものだと思う。言葉として気分が高まるのは「挑戦」かもしれないが、足元を見てやる気を失くす可能性だってある。使い方を間違えればただの寒い言葉にしかならない。

一方、「日進月歩」は地に足が着いた響きだと感じるが、「挑戦」ほどの力強さは感じないし、大きく飛んでいくぜ!という感じとはちょっと違う。
しかし、どちらも並べてみれば無関係な言葉ではない。互いに作用しあっている。「挑戦」というのは “欲しい結果” のことでもあるので、何かに挑戦しようと思えば、結局のところ一歩一歩できることを積み重ねていくほかない。別にどちらの方が先とか重要とかいう話ではない。
私の場合、「挑戦だ」「もっと挑戦を」と言われても何だか心の穴をただ通り抜けていくだけな感じがしてしまうのだが、「日々成長」「昨日より今日、今日より明日」と言われると素直に納得できる。

私の働く会社は、「挑戦」という言葉を会社の理念として掲げている。しかし、残念なことに多くの社員は「知っているけど腹落ちはしていない」と言っている。私がとあるプロジェクトのリーダーを任されたとき70名ほどの社員の声を聴く機会があったのだが、全体として「挑戦」の理念に対してあまり愛着がある感じがしなかった。
確かに現状、自分が働く会社を見ると、みんなで一つの場所を目指す空気は薄く、各々が好き勝手やっている。ハードに働く人もいれば、休憩中でもないのに寝息を立てて居眠りしている人もいる。そして、ハードに働く人もひたすらトラブル対応に追われている人もいれば、自分が作りたいものを作っている人や、内部的なシステムを新しくするための仕事をしている人など様々だ。

結果として「挑戦」は形骸化し、「うちの会社のキーワードって“挑戦”だけど…。全然そんな感じじゃないよね、大体、挑戦って何なの…。」と言われる始末。どうしてこうなっているのか。その主たる原因は、会社がきちんと「挑戦」というワードの定義が出来ていないことにあると思っている。挑戦というのがどこに向けて何を達成することなのか、それが曖昧だと日々の過ごし方も適当になってしまう。

私の思う「挑戦」とは、望む結果を得るための “闘い” であり、バチバチと火花を散らしながら互いに切磋琢磨する、ライバルに喰らい付いていく、困難にも負けじと奮闘する-そんな “肉食系な姿” である。
ところが、今の会社には挑戦の根底にあるはずの競争心がそもそもあまりない。そりゃあ、挑戦の心を持て!と言われても社員はピンと来ないし、経営層だって挑戦とは何か分かっているのかどうか不明である。
最も、私の会社は地方の中でもかなり田舎で山しかないような場所からスタートしたが、それも根本的な要因にあるだろう。都会から入社してきた従業員が増えているが、まだ地元の田舎っぺがまだ半分くらいを占めているし、彼らの多くは都会の喧騒や比較・競争といった環境とは縁の遠い人生を送っているので全員が肉食系になれるわけではない。

ならば、「挑戦」なんて大空に羽ばたくような言葉じゃなくて「凡事徹底」とか「日々成長」とかの方が良いんじゃない?と思う。別にそういう地味な言葉であったとしても、日々の積み重ねで思いがけず大きな舞台にたどり着けるかもしれないし。現状とギャップがありすぎる言葉は人の心を動かさない。

30代になって、もう一度英語を勉強し直してみようと思い立った。純粋に外国語が好きだから、というのもあるし、やっぱり英語ができるのとそうでないのでは人生で得られる経験値が大きく違う。将来の可能性だって変わるだろう。好きなことといっても、ある程度の結果は出さないとかえってつまらないから、どうせなら英検1級を取ってやろうと考えている。
それは良いが、単語を思い出したり新しく覚えたりするのが大変だ。なんたって、一日でもサボれば驚くほど簡単に忘れてしまうし、頑張って学習を続けていてもあるレベルまで到達したころには最初に覚えた内容を忘れてしまう。この一語を覚えるために何分も費やしたのに、と残念がるが、記憶というのはそういうものなのでしょうがない。
しかし、粘り強く何度も何度もやっていると、あるときスッと頭に入って来る瞬間があるのだ。これが最高に気持ち良く、不思議なことにこうして覚えた単語は日が経っても忘れにくい。

自分が続けている英語学習は「挑戦」なんだろうか。
英検1級の合格を目指すなら、それは挑戦なんじゃない?とも考えるが、やっぱりあんまりピンと来ない。試験を受けるのも、外国語が好きなことと、もしや世界に飛び出す時が来るかもしれないという小さな期待が心を動かしているだけである。言ってみれば好きだからやっているだけなので、難しい単語を覚えようとする行為に対して自分が何かに挑戦しているという認識はないのだ。ずっと勉強し続けていたら、その先に英検1級の合格が見えるのかな、と。それくらい。
だから、自分がやっていることは「日進月歩」と表現する方がしっくり来る。やっていることは確かに難しいことかもしれないし、上手くいかない中でも続けるというのは挑戦と呼ぶべきことなのかもしれないけれど。
何にせよ、試験に合格したからってすぐに人生が変わるわけでもないだろう。本当のスタートは合格してからになる。とにかく毎日毎日勉強し続けるしかないし、本当の「挑戦」はその後の話だ。今はただ、日々の研鑽を積み重ねるだけである。

「挑戦」は素晴らしい言葉であるがゆえに、理念やキーワードにもしやすい。しかし、同時に扱いが難しい言葉であることも認識しておくべきだろう。
大きな理想を掲げることや、ひたすら高い壁に挑むことがいつも正解とは限らない。人は急に変われないし、挑戦だなんだの言われても、結局は現実に引っ張られてなんとなく日々が過ぎてしまうこともある。本当に「挑戦」を実践でている会社あるいは個人は、相当レベルが高い人たちだと思う。
そうは言っても、世の中の常識が目まぐるしく変わる今、だらだらと過ごしていては現状維持どころか衰退の一途をたどるばかりだ。同じように時は流れても、同じ日々は二度と来ない。どうせなら一日しかない今日という日をできるだけ素晴らしい時間にしたい。そのために日々精進、日進月歩の意識を持ち続けたいものだ。

一部の会社の人たちは、すでに今の状況に満足していて今更もっと進化しようとか、学びを深めようといった気持ちが薄いのかもしれない。それならそれでしょうがない。新しく入って来た前向きな人にチャンスが与えられ、やがて向上心のない古株は立場を失くすだけだろうから。
自分がそうならないよう、常に学び続けること、大きな挑戦を掲げずとも、今自分がやっていることを日々ちょっとずつレベルアップさせていく気持ちを持たねばなと思う。